シトカ国立歴史公園(通称トーテム・パーク)を訪れたのは春のはじめの小雨の降る日だった…。前日登った山が、やっと新芽が出始めただけなのに比べ、標高の低い海岸沿いのこの森は少しづつ緑が色づいているようだった。5月初め、南東アラスカにはやっと春が訪れようとしていたのだが、白樺の木々はまだ裸のまま、まだ冬の気配が残っていた。
苔むした深い森の中をゆっくりと歩いていると、森の奥の方からワタリガラスの甘い鳴き声がこだまする…。南東アラスカ特有のバックミュージックといったらこの鳥の声だろう。深い緑に調和したトーテムポールが静かに海の方向を見て立っている…。木々の間から垣間見るこの海岸は引き潮でたくさんの海鳥たちが餌を求めて集まっていた。太古から生き続ける深い森に囲まれていると神秘的な気持ちになってしまう。南東アラスカ一帯に広がる深い森には自然の不思議な力のようなものを感じさせるものがある。
森が途切れ、小さな入り江に出た。その先のシトカ海峡にはたくさんの小さな島が散らばっていた。
このシトカ国立歴史公園はアラスカで最も古い国立公園で、昨年2010年に創立100周年を迎えた。100周年を記念するトーテムポールが立てられるとのことで、公園上げての準備中だった。ビジターセンター内には完成間近の巨大なトーテムポールが横たわっていた。
頂点に彫られたのは国立公園管理局のシンボルであるバッファロー、国立公園のアローヘッドを意味する矢印のマークの入った鳥、ロシアがアラスカに入植した際にマーカーとして作られた石版、自然の精霊と称される女神の顔とその両側を泳ぐサケ、そのまわりには南東アラスカ原生の植物がデザインされている。このトーテムポールが立てられる儀式が行われるのは1週間後…、惜しくものがしてしまう、と残念に思いながら横たわっているポールを撮影していると、長髪の芸術家風の男性が声をかけてきた。彼こそがこのトーテムポールの主任製作者であって、彫刻家のトミー・ジョセフだった。“星野道夫のトーテムポールは見てきたかい?俺が彫ったんだ。”
(次回に続く)