北米の最高峰、デナリ山(旧名マッキンリー)をデナリ州立公園側から撮影。ちなみにデナリ州立公園は、あの有名なデナリ国立公園とは別物で、デナリ国立公園の南側にアラスカ州の州立公園として指定されている。このデナリ山という名は、アラスカ先住民語で偉大なもの(High One)を意味し、マッキンリーと名付けられる以前から使われていたもので、昨年オバマ大統領のアラスカ来訪の際に正式名に改称された。
朝日に輝くデナリの南壁を撮影するために、デナリ州立公園のケスギ・リッジへ出かけた。このケスギ・リッジは、谷を挟んでデナリ山の真正面に位置しているから、天気さえ良ければ最高の眺めを期待できる。トレイルは谷底の森の中から始まり、高度を増すにしたがって岩の露出した地形からツンドラへと変わっていく。快晴の下、見えるはずのデナリは、雲の中に隠れていた。標高6,190 m、デナリ山の周辺には氷河から蒸発した水分が雲となり、山の周囲にとどまってしまう。そのため、晴れた日であっても、なかなか見ることができないのだ。
最初こそは登りが続くケスギ・リッジなのだが、峠まで登ると後はほとんど平坦で、針葉樹林の広がる谷を見下ろし、対岸にはアラスカ山脈の険しい峰がパノラマに伸びている。青空の下、デナリをおおっていた雲が少しづつ消えていく。キャンプを設置していると、ついに雲が晴れ、デナリの全体が姿を現した。太陽はゆっくりとアラスカ山脈の後ろに傾き、デナリをシルエット状に照らし出す。
晴天は翌朝まで続いた。テントからデナリがはっきりと見える。7月初旬のアラスカは白夜の真っただ中、日没後、ほんの2、3時間薄暗くなるだけで、またすぐに朝がやってくる。カメラをテントの入り口にセットして、日の出を待つ。太陽がゆっくりと地平線に昇ると、まず山頂を金色に照らし出した。やがて、光がゆっくりと山麓を照らし始める…。
日が昇るにしたがって、明るい光がデナリの山頂から下へと広がってきた。山の背後の雲が朝日を浴びて桃色に染まる…。北に行けば行くほど、日の出と日没にかかる時間が長くなる。朝日の撮影に時間をかけられるのはありがたい。
朝日を浴びて、デナリとアラスカ山脈が明るい朱色に染まっていった。名もない小さな流れが雪解けの水を谷へと運んでいく。
デナリ南壁の撮影に成功となれば、次はやはり有名な北壁を撮影しなくては、ということで、今週末からデナリ国立公園にて一週間キャンプをしながらじっくりと撮影に取り組む予定だ。8月末のアラスカ内部はすでに秋、紅色に紅葉したツンドラとデナリ北壁の雄姿を様々な角度から撮っていくつもりだ。3週間続いている雨空が晴れて、デナリが現れてくれるのを願って、行ってきます!
2016年8月25日木曜日
2015年12月4日金曜日
失われた湖 ‐ アラスカ州キナイ半島、ロスト・レイク
6月中旬、キナイ半島北部のチュガッチ国有林へカメラ機材を背負ってキャンプに出かけた。この時期のキナイ半島は緑に覆われ、色鮮やかな野草とともに白夜の夏の訪れを祝っているかのようだった。トレイルを登っていくと、森が開けて高原に出る。標高が高くなるにつれて、季節が夏から初春へと逆戻り、目的地、ロスト・レイクの周りにはまだ雪が残っていた。想像以上に大きいロスト・レイクはまだ大部分に氷が残っていた。湖面に浮かぶ氷の表面が日差しを浴びて輝いていた。湖畔にキャンプを設置して、撮影を始める…。陽がゆっくりと傾き、対岸のリザレクション・ピークスを照らし、辺り一面をオレンジ色に染めていく…。北緯度の高いアラスカでは、特にこの時期、日没の時間がとても長い。夕焼けの風景を撮影するのには、大変ありがたい。
残念なことに、これからまさに赤く染まるはずの夕日が、対岸にそびえる峰の向こうに隠れてしまった。というわけで、撮影に適した場所を求めて、湖の周りを歩く。こちらは、少し高めの場所から湖を見下ろす丘にて撮影。陽が沈んだ後も、黄昏の時間が2時間ほど続いた。
翌日も快晴。青空の下、峰と湖が白く輝く。
こちらは、ロスト・レイクの別の場所で撮影した夕焼け。ロスト・レイクの風景が大変気に入ったので、数週間後に再び訪れた。ロスト・レイクは大きいだけではなく、形も入り組んでいるから、場所が変わると景色も全く変わって見える。数週間の違いが、季節の違い。この時期は日照時間が20時間以上もあるから、太陽の光を浴びて植物はあっという間に成長する。湖は完全に溶けて、湖畔は新緑と野草に覆われていた。
陽が沈み、曇り空が薄暗くなり始めたころ、空が鮮やかなピンク色の光に包まれた。日没が終わり、撮影機材をたたんでキャンプに戻った後だ。淡い桃色の光が強さを増し、雲を見事なピンクに染め上げた。まるで魔法に包まれたかのような出来事だった。急いでカメラを設置し、キャンプ近くの湖畔で撮影を再開、第二の夕焼けは短かったけど、劇的だった。
湖の近くに住むマーモット。
キナイ半島は特に野草の花畑が見事だ。6月中旬、ロスト・レイクの周辺はまだ野草の季節の準備中、ルピナスもまだ新芽とつぼみだった…。
自然の芸術!
数週間後にはルピナスの花畑が広がっていた。
アラスカは短い夏の間に最も美しく輝く。ただ夏は本当に短い。これを書いている12月現在は、真冬で陽が短く、朝10時過ぎまで真っ暗、夕方4時前には陽が沈んでしまう。しかも連日の曇り空で、灰色の日がすでに2,3週間続いている。この真冬のアラスカを抜け出し、来週から2週間ほどハワイ、カウアイ島へ撮影に出かける。自然の美しいカウアイ島、ナパリ・コーストが今回のハイライトだ。次回のブログは…3週間後に更新予定。気長にお待ちください。
2012年10月24日水曜日
北極圏の扉国立公園 - Gate of the Arctic National Park
前回に引き続き、今回は北極圏の扉国立公園のバックパッキングの旅について書こうと思う。
アンカレッジから北上し、フェアバンクスよりもさらに北へとダルトン・ハイウェイを走り、ブルックス山脈沿いに広がる北極圏の扉国立公園、北極圏国立野生動物保護区を通過して、3日目にしてついに北端、プルドー湾に面する石油基地・デッドホースまでたどり着いた。最果ての地にこつぜんと現れたデッドホース石油基地は、無機質な大型の機械が点在する工業地帯。北極海に面するロマンの地どころか、どす黒い原油まみれの機械が無造作に散らばる、正直言って絶望感の漂う場所だった。頭上に漂う灰色の雲がますます雰囲気を重くしていた。デッドホースを早々に切り上げ、険しいながらも美しい自然が続くブルックス山脈まで戻った。
北極圏の扉国立公園(Gate of the Arctic National Park &
Preserve)をじっくり自分の足で歩いてみたい。幸い天気も回復、撮影機材とキャンプ用品一式を背負って、3日間原野に入った。

”国立公園”といえども、アメリカ本土の国立公園のように観光化されていない。整備されたトレイルなどはなく、全くの原野を地図とコンパスを片手に自分で行き先を決めるのだ。まずは氷のようにに冷たい川を渡ることから始まり、靴を履きかえると、今度は急な山肌をまるでロッククライミングのように両手でつかまりながら登った。その後は、ツンドラにおおわれた急な斜面を重いパックを背負って息を切らしながら、ひたすら登る。やっとのことで尾根にたどり着くと、紅葉に染まった谷が一望できた。やわらかい陽の光を浴びて、ツンドラが黄金色に輝いていた。
山の頂上にあたる尾根は幅広い平坦なツンドラ地帯になっていた。雪解け水が湧き出し、小さな沢になって、網の目のように流れていた。まるで日本庭園を思わせるような不思議な光景に出会った。
ブルックス山脈一帯はカリブーの生息地。カリブーの落し物の角が、ツンドラの中に無造作に散らばっていた。
第一夜は、クユックテュブック渓谷の見渡せる尾根にテントを張った。食事を終えるころには、すっかり雲に包まれ、一晩中雨が降り続いた。
幸いにも翌朝には雨が止み、少しづつ日が差し始めた。鮮やかな紅葉に染まったツンドラの斜面をクユックテュブック川(Kuyuktuvuk Creek) に向けて下る。見渡す限り未開の原野がどこまでも続いている…。今私が立っているこの地に実際に足を踏み入れ、眼前に広がる険しい山々を見たのはほんのわずかな人たちだけだ、と思うと不思議な気分になった。野生動物の形跡といえば、まだ新しいクマの糞、ドールシープの頭蓋骨、無残に散らばるカリブーの毛皮ぐらい。カリブー、グリズリー、オオカミなどは全く見かけなかった。唯一、丸々と太ったヤマアラシが一匹、低木の藪から姿を現したぐらいだ。
氷河の残していった堆積物の丘を越え、クユックテュブック川の急流を渡り、なだらかながらも昇りの続くツンドラの丘を川に沿って丸一日歩き続けた。水量が多く流れの強かったクユックテュブック川も、上流に行くにしたがって、小さな浅い流れに変わっていった。流れの両側に広がる丘から湧き出た無数の小さな沢が本流に流れ込み、わずか数キロの間に大きな川を作り出している。クユックテュブック川の変化に負けず、周囲の地形も、なだらかなツンドラの丘から低木、さらに植生が減り、むき出しの岩山へと変わっていった。頭上にそびえる山も険しさが増し、頂上にはまだ8月だというのにうっすらと雪が積もっていた。川はさらに小さくなった。
岩山に囲まれた小さな湖、オーラー・レイク(Oolah Lake) の近くが、第二夜のキャンプ地。空気が冷たく、すでに晩秋の気配が強かった。わずか一日歩いただけの距離でこれほどにまで、地形や気候が変わることには驚きだった。
3日目、前日登ってきたツンドラの丘を川沿いに下り、クユックテュブック川を渡り、尾根に向けて急な丘をひたすら登る。頂上の尾根は覚えていた以上に長く、しかもツンドラは連日の雨で湿地帯になっていて、一歩進むのにとても時間がかかった。背負っているパックの重みが増してくる頃、やっと長かった尾根の終わりが近づき、反対側に広がる谷、そして谷を貫くダルトン・ハイウェイとパイプラインが見えた。急な山肌をいっきに下り、最後に川を渡り、ついに出発点まで戻ってきた。
北極圏の原野で過ごしたこの三日間はまるで不思議な夢の中にいるようだった。
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