2016年3月26日土曜日

カララウ渓谷(ナ・パリ・コースト) ‐ ハワイ・カウアイ島


 ハワイ、カウアイ島北部、ナ・パリ・コーストの岸壁に刻まれたカララウ・トレイルを2日間かけて歩き、ついにカララウ・ビーチへ到着した。キャンプ用品一式とカメラ機材を背負って、雨の中どろどろのトレイルを歩き、足を滑らしたら命を落とすという崖っぷちの細道を何とか乗り越え、行き着いた先には、楽園と呼ぶにふさわしい光景が待っていた。キャンプを設置し、荒波の打ち寄せる海岸に沈む夕日を撮影した。

 翌日も晴天。この日はカララウ渓谷を探索し、撮影を行う予定だ。切り立った岩山に三方を囲まれ、太平洋に面したカララウ渓谷には深い熱帯雨林の緑が生い茂り、豊かな水を湛えた急流が海へ向かって流れている。2000年以上も前にポリネシアからカヌーに乗ってやってきた先住民たちがタロイモやココナツを持ち込んで、この谷を開拓。特にタロイモはハワイ先住民にとって欠かすことができない食材で、この地でタロイモの栽培を行ったという。その先住民たちも、1900年代を最後にカララウの地を去り、カウアイ島の別の場所へと移り住んだという。現在では、このカララウ渓谷の奥地にヒッピーたちが隠れ住んでいるという噂を聞いた。彼らもまた、タロイモや野菜を育て、自給自足の生活を送っているらしいという。

 ジャングルの奥深くに隠れるヒッピーたちの菜園を目指して、渓谷に分け入った。渓流沿いに続くトレイルは緑の下生えの中に隠れつつも、何とか上流に向かって渓谷の奥へ奥へと導いていった。日中とはいえ、森の中は薄暗い。特に川の周りには緑が生い茂り、これぞ熱帯という風景を作り出していた。

 深い緑の中に迷うこと数回、流れを渡ること数回…、ついに秘密の菜園へと続くトレイルを発見。

 森が開けると、眼前に広がるのはどこか懐かしい光景…。まるで小さな田園風景のようなタロイモ畑と、その周りに植えられた数々の野菜、たくさんの果実を実らせた巨木…。熱帯雨林の緑に囲まれ、その後ろには緑の岩山がそびえたつ…、まるで太古の村にタイムスリップしたかのような錯覚を覚えた。どこからともなく、上半身裸の女性がのこぎりを担いで現れ、にこやかに歓迎してくれた。私たちを警戒するどころか、とってもフレンドリーに近くの木に実る果実の説明までしてくれた。彼女はここにきて3か月だという。カララウに住むヒッピーたちは現代生活に疲れ、シンプルな暮らしを求めてこのジャングル奥地の楽園にやってくる。数か月から半年、中には十年以上もここに住んでいるという強者もいる。白髪に長いあご髭を伸ばした老人、グリズリーも長年の住人で、野菜を育て、果物を摘み、魚を釣り、野生のゴートを狩る、という自給自足はもちろん、果実から造った自家製のワインとキャンプ用品との物々交換をして必需品を手に入れているそうだ。ナパリ・コースト州立公園の中にあるカララウ渓谷に住むことはもちろん違法なのだけど、この渓谷の奥深くにはヒッピーたちに安らぎを与えるものがあるのは事実だ。

カララウ・ビーチに戻ると早くも日が傾き始めていた。西側の空に広がる雲が鮮やかな朱色に染まり、前日とは違う夕焼けを見せてくれた。同じ場所でも、日によって、または季節によって、自然は全く違う瞬間を見せてくれるのだ。日没直後に大型クルーズ船が目の前を横切っていく。ここ、カララウ・ビーチは人里離れた楽園とはいえ、ナ・パリ・コーストはカウアイ島でも一番の人気観光地だから、ボートやヘリコプターから眺める観光客たちが後を絶たない。特に上空を飛ぶヘリの騒音は早朝から日没まで途絶えることがないのだ。

カララウ・ビーチのキャンプ場。森の中の好きな場所にテントを張ることができる。

 カララウ・ビーチに流れ落ちる小さな滝。キャンパーたちの貴重な水源はもちろん、ここでシャワーを浴びる人たちもいる。

「エデンの園」とまで言われるナ・パリ・コースト(カララウ・ビーチ)の神秘的な美しさを写真で表現するのはなかなか難しいけど、少しでも雰囲気を感じ取ってもらえれば良かったと思う。

 数日後、カララウ渓谷を谷の上から見下ろす機会に恵まれた。直線距離でわずか数キロなのに、道路を使うとカウアイ島をほぼ一周することになり、約80マイル(約130キロ)、片道2時間半かけて、コケエ州立公園内にある展望台に向かった。はるか上空から見下ろしたカララウ渓谷は深い緑に覆われていた。

太陽が水平線に近づくにしたがって、断崖をオレンジ色に照らしていった。日没の瞬間、頂上を朱色に染めあげ、ゆっくりと暗闇に包まれていった。わずか数キロ下のカララウ渓谷が遠い場所に感じた…。